あまりにも有名な梅棹の文明論、それ自体はもとより、その論がどのようにして生まれたのか、発想の過程までがよくわかる、実に興味深い書だ。
それは、梅棹のアフガン、パキスタン、インドなど各地の探検の経験に基づいていた。
それまでの東洋と西洋という枠に収まらない、インドという”中洋”の発見。そして、なぜ、ヨーロッパと日本だけが、近代国家になり得たのか。さらに、風土とそこに暮らす人々との関係、つまり生態学の発想。それらが相まって、梅棹の文明論が生まれた。
また、梅棹は、彼の文明論を発表したときの人々の反応について、これを日本論として捉えられことと、日本は今後どうしたらいいのか、という思いがけない2つの対応に困惑したことを述べている。
今から読んでみても、梅棹の書いたものは、論文と言うよりは、エッセイ、のように思えるが、梅棹としては、立派な論文であると考えていたようだ。
梅棹の、論文というものに対する考え方が、学会というアカデミックな世界が考えるものと、いかに異なっていたか、を表すエピソードだ。
Umesao is well knows as the author of this book in Japan. His theory is based on his many experiences of explorer in Asia and Africa.
Umesao see human-being civilization from ecological view. This is very unique view.
Umesao's original article is just like essay or commentary. But he bought it was academic paper. It is also a topic of his uniqueness.
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