ベトナム戦争以前の、タイ、ベトナム、ラオス、カンボジアを巡る貴重な記録。
戦後間もない1950年代に、学術調査隊を海外に送るということが、いかに大変だったかが、実体験とともに語られる。
自動車会社から車を出してもらい、出版社などからは、記事を書くことを条件に援助をもらう、などなど。梅棹は、後に民博を創立することになるが、そうした”外交”に長けていたことが、この本からよく伺える。
タイという国について、”後進国だから”というイメージに捕われずに、官僚の優秀さについて、素直に賞賛している。ベトナムでも、国民の勤勉さについて、高く評価している。
元日本兵で、そのまま現地で暮らしている日本人にも遭遇する。時代性を強く感じる。
実際は、本当に大変な調査だったと思うが、梅棹のユーモア感あふれた文章は、実に楽しい旅行記のように読める。
Umesao went to south east asian countries like Thailand, Vietnam and Cambodia for scientific investigations before Vietnam war.
Umesao disclose his backside work of scientific investigation like the negotiation with the governments of each countries and companies.
Umesao saw each countries without nay predictions. He admired Thailand's Bureaucratic system and Vietnam people's industriousness specially.
The journey was very tough actually. But Umesao described the journey with his fun and humor.
2012年1月21日土曜日
梅棹 忠夫『情報の文明学』中公文庫 Tadao Umesao, Information Civilization
梅棹は、彼自身が、大学あるいは博物館という情報産業の中にいたこと、それに、テレビ業界の人間との付き合いなどから、情報産業社会というアイディアを思うついたようだ。
産業の3段階の発展形式について、文明の生態史観の時と同様に、生物学の発想を取り入れて、胚の発生の考え方と産業の発展を結びつけているのが興味深い。第1次産業は内胚葉産業、第2次産業は中胚葉産業、そして情報産業は外胚葉産業だと言っている。
この世の中のあらゆる現象を、情報という視点で見てみる、という梅棹の視点は、今日でも十分に通用する。
どんな産業においても、ホワイトカラーの人間は、情報技術者だ、という彼の指摘は、知識労働者というコンセプトを先取りしていた。
同じ農業を行っていても、それを市場に売れば第1次産業だが、趣味として行うようになれば、それは情報産業になる、とも書いている。
今読んでも、新たな発見が沢山ある。
Umesao mentioned Information industry would change the world in this book before Daniel Bell and Alvin Toffler.
Umesao use Embryology's concept to describe civilization's history.
Umesao saw our society from the perspective of information and wrote how informations is involved in our society.
Umesao said white color labors in every industry includes agriculture industry was information worker in this book.
産業の3段階の発展形式について、文明の生態史観の時と同様に、生物学の発想を取り入れて、胚の発生の考え方と産業の発展を結びつけているのが興味深い。第1次産業は内胚葉産業、第2次産業は中胚葉産業、そして情報産業は外胚葉産業だと言っている。
この世の中のあらゆる現象を、情報という視点で見てみる、という梅棹の視点は、今日でも十分に通用する。
どんな産業においても、ホワイトカラーの人間は、情報技術者だ、という彼の指摘は、知識労働者というコンセプトを先取りしていた。
同じ農業を行っていても、それを市場に売れば第1次産業だが、趣味として行うようになれば、それは情報産業になる、とも書いている。
今読んでも、新たな発見が沢山ある。
Umesao mentioned Information industry would change the world in this book before Daniel Bell and Alvin Toffler.
Umesao use Embryology's concept to describe civilization's history.
Umesao saw our society from the perspective of information and wrote how informations is involved in our society.
Umesao said white color labors in every industry includes agriculture industry was information worker in this book.
梅棹 忠夫『知的生産の技術』岩波新書 Tadao Umesawa, Technique of intellectual production
私の本は、おめでたい88版。それにしても、凄い数字だ。
すでに、数回読んでいるはずだが、読むたびに発見がある。それこそが、この本が古典であるという証拠だ。
前に読んだときは、梅棹が紹介する、具体的な方法に興味があった。しかし、今読んで見ると、パソコン、スマホが普及し、もっといい方法があるのでは?と思ってしまう。
むしろ、いかに知的生産の生産性を上げるか、そのための考え方、アプローチの方が興味深かった。
”はじめに”の19ページで、梅棹自身も以下のように述べている。”これは、ひとつの提言であり、問題提起なのである・・・(中略)・・・これを読まれた方が、それぞれの個性的にして普遍的な知的生産の技術を開発されるための、きっかけになれば、それでいいのである。”
まさに、その通りだと思う。
I have read this book a couple of times. I can find new in every time. It means this book is real classic.
Last time I focused on the technique but they are old fashion in current social networking world.
We should learn not the technique itself but how we can find our best way to produce our intellectual outcome from this book.
すでに、数回読んでいるはずだが、読むたびに発見がある。それこそが、この本が古典であるという証拠だ。
前に読んだときは、梅棹が紹介する、具体的な方法に興味があった。しかし、今読んで見ると、パソコン、スマホが普及し、もっといい方法があるのでは?と思ってしまう。
むしろ、いかに知的生産の生産性を上げるか、そのための考え方、アプローチの方が興味深かった。
”はじめに”の19ページで、梅棹自身も以下のように述べている。”これは、ひとつの提言であり、問題提起なのである・・・(中略)・・・これを読まれた方が、それぞれの個性的にして普遍的な知的生産の技術を開発されるための、きっかけになれば、それでいいのである。”
まさに、その通りだと思う。
I have read this book a couple of times. I can find new in every time. It means this book is real classic.
Last time I focused on the technique but they are old fashion in current social networking world.
We should learn not the technique itself but how we can find our best way to produce our intellectual outcome from this book.
島田 虔次『朱子学と陽明学』岩波新書 Kenji Shimada, Cheng-Zhu school and Yangmingism
新書といういと、その道の専門家が、一般の人にわかりやすく、自分の研究分野のことを書く、というイメージがあるが、この書は全く異なる。島田は、それでも、これを一般書、概説書であると、あとがきで断っているが。
中国の歴史が大きく変わった宋の時代、儒学が、ライバルである仏教や道教の思想を取り込みながら生まれたのが”新しい哲学”、宋学(朱子学)であった。
朱子学が生まれる母体となる思想を紹介し、続いて、朱子学の内容を紹介。それを受けて、成立した陽明学、そして最後に、陽明学の急進的な左派思想に影響を受けた、”反逆者”李卓吾の思想を生涯を描いている。
内容は、難しいが、”細かいことにはこだわるな!”とばかり、ぐいぐいと、読む人の心を引きずっていく。あとがきに、若い頃の失敗を堂々と記述する辺り、島田の人間としての大きさ、真摯さが、感じられる。島田は京都大学出身で、吉川幸次郎の教えを受けたというのをあとがきで読み、そのことに納得した。
巻末にある、年表がまた面白い。宋代以降の中国の思想家と、日本や西洋の思想家の生涯を並べている。いやはや、とにかく恐れ入った。39版重ねているのも、うなずける。
Shimada described a brief history of Cheng-Zhu school and Yangmingism. As Shimada, Cheng-Zhu create new party of Confucianism by accepting some idea from Buddhism and Taoism.
The target audience of this book is for beginner basically. But Shimada seems not to take care for such a thing. He just write what he should do in this book.
Shimada graduated Kyoto university well knows as a unique cultural one. His master in the university was Kojiro Yoshikawa, well known scholar of Chinese literature. They made Shimada write this kind of book.
中国の歴史が大きく変わった宋の時代、儒学が、ライバルである仏教や道教の思想を取り込みながら生まれたのが”新しい哲学”、宋学(朱子学)であった。
朱子学が生まれる母体となる思想を紹介し、続いて、朱子学の内容を紹介。それを受けて、成立した陽明学、そして最後に、陽明学の急進的な左派思想に影響を受けた、”反逆者”李卓吾の思想を生涯を描いている。
内容は、難しいが、”細かいことにはこだわるな!”とばかり、ぐいぐいと、読む人の心を引きずっていく。あとがきに、若い頃の失敗を堂々と記述する辺り、島田の人間としての大きさ、真摯さが、感じられる。島田は京都大学出身で、吉川幸次郎の教えを受けたというのをあとがきで読み、そのことに納得した。
巻末にある、年表がまた面白い。宋代以降の中国の思想家と、日本や西洋の思想家の生涯を並べている。いやはや、とにかく恐れ入った。39版重ねているのも、うなずける。
Shimada described a brief history of Cheng-Zhu school and Yangmingism. As Shimada, Cheng-Zhu create new party of Confucianism by accepting some idea from Buddhism and Taoism.
The target audience of this book is for beginner basically. But Shimada seems not to take care for such a thing. He just write what he should do in this book.
Shimada graduated Kyoto university well knows as a unique cultural one. His master in the university was Kojiro Yoshikawa, well known scholar of Chinese literature. They made Shimada write this kind of book.
梅棹 忠夫『文明の生態史観』中公文庫 Tadao Umesao, Historical perspective of ecological civilization
あまりにも有名な梅棹の文明論、それ自体はもとより、その論がどのようにして生まれたのか、発想の過程までがよくわかる、実に興味深い書だ。
それは、梅棹のアフガン、パキスタン、インドなど各地の探検の経験に基づいていた。
それまでの東洋と西洋という枠に収まらない、インドという”中洋”の発見。そして、なぜ、ヨーロッパと日本だけが、近代国家になり得たのか。さらに、風土とそこに暮らす人々との関係、つまり生態学の発想。それらが相まって、梅棹の文明論が生まれた。
また、梅棹は、彼の文明論を発表したときの人々の反応について、これを日本論として捉えられことと、日本は今後どうしたらいいのか、という思いがけない2つの対応に困惑したことを述べている。
今から読んでみても、梅棹の書いたものは、論文と言うよりは、エッセイ、のように思えるが、梅棹としては、立派な論文であると考えていたようだ。
梅棹の、論文というものに対する考え方が、学会というアカデミックな世界が考えるものと、いかに異なっていたか、を表すエピソードだ。
Umesao is well knows as the author of this book in Japan. His theory is based on his many experiences of explorer in Asia and Africa.
Umesao see human-being civilization from ecological view. This is very unique view.
Umesao's original article is just like essay or commentary. But he bought it was academic paper. It is also a topic of his uniqueness.
それは、梅棹のアフガン、パキスタン、インドなど各地の探検の経験に基づいていた。
それまでの東洋と西洋という枠に収まらない、インドという”中洋”の発見。そして、なぜ、ヨーロッパと日本だけが、近代国家になり得たのか。さらに、風土とそこに暮らす人々との関係、つまり生態学の発想。それらが相まって、梅棹の文明論が生まれた。
また、梅棹は、彼の文明論を発表したときの人々の反応について、これを日本論として捉えられことと、日本は今後どうしたらいいのか、という思いがけない2つの対応に困惑したことを述べている。
今から読んでみても、梅棹の書いたものは、論文と言うよりは、エッセイ、のように思えるが、梅棹としては、立派な論文であると考えていたようだ。
梅棹の、論文というものに対する考え方が、学会というアカデミックな世界が考えるものと、いかに異なっていたか、を表すエピソードだ。
Umesao is well knows as the author of this book in Japan. His theory is based on his many experiences of explorer in Asia and Africa.
Umesao see human-being civilization from ecological view. This is very unique view.
Umesao's original article is just like essay or commentary. But he bought it was academic paper. It is also a topic of his uniqueness.
梅棹 忠夫『モゴール族探検記』岩波新書 Tadao Umesao, Voyage of Mongolian
梅棹が、モンゴル族の末裔とおぼしきモゴール族を訪ね、アフガン戦争以前のアフガニスタンを訪ねた探検記。
荒涼とした、砂と砂漠の大地の中に、つつましく暮らす人たちとの交流。しかし、そこに住む人たちの中には、メッカを訪れ、村人から敬愛されるハジや、何日か、ローマ字を読んだ
だけで、その内容を理解してしまう、頭のいい人もいた。
中立であるはずの外国からの探検者である梅棹だが、現地の人から親切にされることで、現地の人達の対立に否応なく巻き込まれていく。
それにしても、現在のアフガニスタンは、どうなってしまったのだろう。
ソビエトの侵攻、アメリカの介入、タリバンによる征服、そして、その後のアメリカを注進した西側の介入・・・
探検記としての楽しさを十二分に味わいながらも、その後の厳しい現実に、どうしても思いを巡らせてしまう。
Umesan explored to find a group of Mongolian in Afghanistan in 1950s. This is valuable record of Afghanistan before the Afghanistan war from 1980s.
He describe some peoples whom he met in his travel. A person went to Mecca, a person is very wise and make sense how to read new word quickly.
Everything has hanged by the war. What has happened to them? I am forced to pray happy for them.
荒涼とした、砂と砂漠の大地の中に、つつましく暮らす人たちとの交流。しかし、そこに住む人たちの中には、メッカを訪れ、村人から敬愛されるハジや、何日か、ローマ字を読んだ
だけで、その内容を理解してしまう、頭のいい人もいた。
中立であるはずの外国からの探検者である梅棹だが、現地の人から親切にされることで、現地の人達の対立に否応なく巻き込まれていく。
それにしても、現在のアフガニスタンは、どうなってしまったのだろう。
ソビエトの侵攻、アメリカの介入、タリバンによる征服、そして、その後のアメリカを注進した西側の介入・・・
探検記としての楽しさを十二分に味わいながらも、その後の厳しい現実に、どうしても思いを巡らせてしまう。
Umesan explored to find a group of Mongolian in Afghanistan in 1950s. This is valuable record of Afghanistan before the Afghanistan war from 1980s.
He describe some peoples whom he met in his travel. A person went to Mecca, a person is very wise and make sense how to read new word quickly.
Everything has hanged by the war. What has happened to them? I am forced to pray happy for them.
2012年1月14日土曜日
野嶋剛『謎の名画・清明上河図』勉誠出版 Tsuyoshi Nojima, Mysterious paintings : Along the River During the Qingming Festival
北京故宮博物館が有する、中国の至宝、清明上河図について、その描かれている内容、絵が辿った数奇な運命、現在の開封の様子などを、ドキュメンタリータッチで紹介している。
それにしても、この絵にまつわるエピソードの数々に圧倒される。野嶋も語るように、この絵は、もはや絵という枠を超えてしまっている。
絵の作者も、実在が完全に明らかになっている訳ではなく、作成された時期や背景も、はっきりしていない。何人もの人に渡り、現在の北京故宮博物館に納められた経緯も、略奪といわれてもおかしくない。
描かれた当時は、決して一流とは見られていなかったが、その数奇な歴史を経て、今では誰もが認める国家の至宝になった。
野嶋がジャーナリストということもあり、内容は、学術的なものでなく、泥臭い感じがして交換が持てた。
清明上河図の中の、当時の開封の風景には、貴族や富豪でなく、農民や商人、それに町の住民達が描かれている。この本の雰囲気は、その絵の内容に、実に相応しい。
"Along the River During the Qingming Festival" is a one of best treasure of China. But the painting is mysterious. It is not clear yet who and when painted it. Many peoples has gotten it and has have to release it.
The painting was not seen as a great work at first but the situation has changed after many years. No nobody doubt it is one of best in China.
Nojima is journalist and the contents of this book is not like academic. But I liked it. the characters in the painting are not nobles and riches but ordinary peoples like farmers, merchants and citizens. This book is suitable for "Along the River During the Qingming Festival".
それにしても、この絵にまつわるエピソードの数々に圧倒される。野嶋も語るように、この絵は、もはや絵という枠を超えてしまっている。
絵の作者も、実在が完全に明らかになっている訳ではなく、作成された時期や背景も、はっきりしていない。何人もの人に渡り、現在の北京故宮博物館に納められた経緯も、略奪といわれてもおかしくない。
描かれた当時は、決して一流とは見られていなかったが、その数奇な歴史を経て、今では誰もが認める国家の至宝になった。
野嶋がジャーナリストということもあり、内容は、学術的なものでなく、泥臭い感じがして交換が持てた。
清明上河図の中の、当時の開封の風景には、貴族や富豪でなく、農民や商人、それに町の住民達が描かれている。この本の雰囲気は、その絵の内容に、実に相応しい。
"Along the River During the Qingming Festival" is a one of best treasure of China. But the painting is mysterious. It is not clear yet who and when painted it. Many peoples has gotten it and has have to release it.
The painting was not seen as a great work at first but the situation has changed after many years. No nobody doubt it is one of best in China.
Nojima is journalist and the contents of this book is not like academic. But I liked it. the characters in the painting are not nobles and riches but ordinary peoples like farmers, merchants and citizens. This book is suitable for "Along the River During the Qingming Festival".
菊地章太『道教の世界』講談社選書メチエ Noritake Kikuchi, The world of Taoism
菊地によれば、道教とは、教祖がいて、教義があり、教団がある、といったいわゆる学問的な観点からの宗教ではなく、中国の民間信仰に根ざしたものあるという。
菊地は、『老子』にある道の定義、水が流れる谷あるいは淵というイメージを紹介しながら、道教とは、この世のあらゆるものが流れ込み、それを受け入れる、というわかりやすい表現で、道教の本質を表そうとしている。
中国における山岳信仰、年中行事、文学との道教のつながり。日本への道教の影響、日本における道教研究の流れなど、道教にまつわる様々なテーマを、平易な文章で紹介し、道教という、この捕らえ所のないものを、しっかりと捉えないように、常に、指の間から、こぼれ落ちてしまうように、道教の周りをぐるぐる回るように、私たちをその世界に引き入れていく。
そこから浮かび上がってくるのは、道教というよりは、むしろ、中国という存在の、1つの側面だ。
中国というと、最近では、経済発展、共産党の独裁、など、お金や政治にまつわるイメージが強い。それはそれで中国のある一面だが、その反面、道教に代表されるような、別な側面も併せ持っている、ということを、あらてめて教えられた。
As kikuchi, Taoism is not typical religion which has a guru, a doctrine and a cult. Taoism includes folks beliefs and everything on the ground.
Kikuchi tries to explain by various topics like mountain worship, annual events, literatures and the relationship with Japan. He doesn't define Taoism clearly because Taoism is improper to be mentioned like that.
We see China mainly from a economic and political aspects recently. But we should consider another suspects like Taoism.
菊地は、『老子』にある道の定義、水が流れる谷あるいは淵というイメージを紹介しながら、道教とは、この世のあらゆるものが流れ込み、それを受け入れる、というわかりやすい表現で、道教の本質を表そうとしている。
中国における山岳信仰、年中行事、文学との道教のつながり。日本への道教の影響、日本における道教研究の流れなど、道教にまつわる様々なテーマを、平易な文章で紹介し、道教という、この捕らえ所のないものを、しっかりと捉えないように、常に、指の間から、こぼれ落ちてしまうように、道教の周りをぐるぐる回るように、私たちをその世界に引き入れていく。
そこから浮かび上がってくるのは、道教というよりは、むしろ、中国という存在の、1つの側面だ。
中国というと、最近では、経済発展、共産党の独裁、など、お金や政治にまつわるイメージが強い。それはそれで中国のある一面だが、その反面、道教に代表されるような、別な側面も併せ持っている、ということを、あらてめて教えられた。
As kikuchi, Taoism is not typical religion which has a guru, a doctrine and a cult. Taoism includes folks beliefs and everything on the ground.
Kikuchi tries to explain by various topics like mountain worship, annual events, literatures and the relationship with Japan. He doesn't define Taoism clearly because Taoism is improper to be mentioned like that.
We see China mainly from a economic and political aspects recently. But we should consider another suspects like Taoism.
2012年1月12日木曜日
井伊直弼『茶湯一会集・閑夜茶話』岩波文庫 Naosuke Ii, Tea Ceremony Process & Tea Ceremony Column
安政の大獄を主導し、桜田門外の変で、暗殺された歴史上の人物、井伊直弼は、宗観という名を持つ茶人でもあった。この書には、茶湯一会集・閑夜茶話という2つの作品を収めている。
茶湯一会集は、茶の湯の約束から、終了後のお礼まで、茶の湯の各プロセスについて、詳細に解説したもの。
閑夜茶話には、日本で初めて茶を育てた明恵上人から、千利休、古田織部など、歴史上の茶人の言葉や振る舞い、その他、茶道に関わる様々な事柄を、収めている。
いずれも、書かれている内容はすべて茶道のことで、政治的な内容は一切含まれていない。しかし、どうしても、政治家としての直弼をイメージしながら、読み続けてしまう。
茶湯一会集において、実に事細かに、茶道の流れを記す直弼。どんなことにも、おそらく手を抜くことは、なかったであろう、彼の性格をよく表している。
直弼が、この作品の冒頭で紹介した言葉、”一期一会”は、今では、誰もが知る言葉になっている。
大老の大役を務めていた直弼が、桜田門外で殺されたのは、満44才。まさに、働き盛りの年齢だった。実に過酷な時代であった。直弼は、ペリーの来航によって、開国派と尊王攘夷派が対立し混乱する時代を、強権で乗り切ろうとした政治家だった。
直弼にとっての茶道は、そんな時代において、世事のことを全て忘れ、ただただ、伝統の道に没入することにできる、貴重な時間だったのであろう。
Naosuke Ii was dictator at the end of Edo period. He tried to control Japanese political situation by killing many opponents against to his policy.
Naosuke also was a master of Japanese tea ceremony. This book includes 2 world by himself about tea ceremony.
First part is written about the detail process of tea ceremony. Second part os written about many topics about tea ceremony.
No mentions about political things is in this book.
Naosuke was in very dangerous political situation. He was killed finally by opponents at 44 years old. Tea ceremony for him might be only time to forget everything.
茶湯一会集は、茶の湯の約束から、終了後のお礼まで、茶の湯の各プロセスについて、詳細に解説したもの。
閑夜茶話には、日本で初めて茶を育てた明恵上人から、千利休、古田織部など、歴史上の茶人の言葉や振る舞い、その他、茶道に関わる様々な事柄を、収めている。
いずれも、書かれている内容はすべて茶道のことで、政治的な内容は一切含まれていない。しかし、どうしても、政治家としての直弼をイメージしながら、読み続けてしまう。
茶湯一会集において、実に事細かに、茶道の流れを記す直弼。どんなことにも、おそらく手を抜くことは、なかったであろう、彼の性格をよく表している。
直弼が、この作品の冒頭で紹介した言葉、”一期一会”は、今では、誰もが知る言葉になっている。
大老の大役を務めていた直弼が、桜田門外で殺されたのは、満44才。まさに、働き盛りの年齢だった。実に過酷な時代であった。直弼は、ペリーの来航によって、開国派と尊王攘夷派が対立し混乱する時代を、強権で乗り切ろうとした政治家だった。
直弼にとっての茶道は、そんな時代において、世事のことを全て忘れ、ただただ、伝統の道に没入することにできる、貴重な時間だったのであろう。
Naosuke Ii was dictator at the end of Edo period. He tried to control Japanese political situation by killing many opponents against to his policy.
Naosuke also was a master of Japanese tea ceremony. This book includes 2 world by himself about tea ceremony.
First part is written about the detail process of tea ceremony. Second part os written about many topics about tea ceremony.
No mentions about political things is in this book.
Naosuke was in very dangerous political situation. He was killed finally by opponents at 44 years old. Tea ceremony for him might be only time to forget everything.
石川幹人『人間はどういう生き物か』ちくま新書 Masato Ishikawa, What kind of living is human?
この本は、大きく2つのパートに分かれている。
前半は、自身の人工知能の研究開発プロジェクトの経験や、コンピューターの事例を通じて、人間の知能を再現することに難しさと、その理由について語る部分。
そうした経験から、石川は、人間は意味する存在であり、意味とは全体の中に含まれているとした上で、現在の人工知能を作ろうとするアプローチについて、全体を考えない”詰め込み理論”であると批判している。
後半は、人間は意味する存在である、という部分を受けて、生命進化の中で、意味作用がどのように高度化されてきたかを論じている。
石川は、量子物理学の量子過程の考え方を利用して、それが生命の進化を加速させたとしている。
前半部分は、石川の実際の経験に基づいているだけに、非常に説得力があり、面白い。
しかし、後半部分は、少しわかりにくい。それは、その内容が、栗本慎一郎やシェルドレイクを参考に、石川が独自に生み出した仮説であるので、馴染みがない、ということ。それに、そもそも量子過程が、実際の生命進化に結びつく部分が、まだアイディア段階であるせいか、説明として、なかなか上手くつながっていないことがある。
Isikawa defines human-being as "meaning" based on his experience in the project of artificial intelligence.
Ishikawa criticizes artificial intelligence projects because the projects focus on very narrow care of human's intelligence and doesn't consider whole picture of human's intelligence.
Ishikawa proposes his new idea how living has evoked based on the theory of quantum physics. But he failed to explain his idea clearly in this book.
前半は、自身の人工知能の研究開発プロジェクトの経験や、コンピューターの事例を通じて、人間の知能を再現することに難しさと、その理由について語る部分。
そうした経験から、石川は、人間は意味する存在であり、意味とは全体の中に含まれているとした上で、現在の人工知能を作ろうとするアプローチについて、全体を考えない”詰め込み理論”であると批判している。
後半は、人間は意味する存在である、という部分を受けて、生命進化の中で、意味作用がどのように高度化されてきたかを論じている。
石川は、量子物理学の量子過程の考え方を利用して、それが生命の進化を加速させたとしている。
前半部分は、石川の実際の経験に基づいているだけに、非常に説得力があり、面白い。
しかし、後半部分は、少しわかりにくい。それは、その内容が、栗本慎一郎やシェルドレイクを参考に、石川が独自に生み出した仮説であるので、馴染みがない、ということ。それに、そもそも量子過程が、実際の生命進化に結びつく部分が、まだアイディア段階であるせいか、説明として、なかなか上手くつながっていないことがある。
Isikawa defines human-being as "meaning" based on his experience in the project of artificial intelligence.
Ishikawa criticizes artificial intelligence projects because the projects focus on very narrow care of human's intelligence and doesn't consider whole picture of human's intelligence.
Ishikawa proposes his new idea how living has evoked based on the theory of quantum physics. But he failed to explain his idea clearly in this book.
J.L.ボルヘス『詩という仕事について』岩波文庫 Jorge Luis Borges, This Craft of Verse
ボルヘスは、自分の事を、詩人や小説家ではなく、本質的には、読書であると語る。自分が読んだものの方が、自分が書いたものよりも、遥かに重要であるとも。
ボルヘスが、その言葉を証明するかのように、彼が幼い頃から読んできた、様々な詩について、メモをみる事なしに、見事に暗唱しながら、彼なりのその味わいを徴収に語っている。
ボルヘスは、物語を構成するプロットには、そもそも少数しかない、あるいは必要ない。むしろ、詩人が、様々な言葉を使い、その物語を語ることの可能性を信じている。詩人は、再び創造者になると、ボルヘスは信じてるようだ。
この言葉からは、ボルヘスの作品は、そのプロットというよりは、彼が物語ろうとしているテーマ、そして、どのような言葉を使って、それを表現しようとしているか、そうしたことに注意して読むと、これまでとは違った、味わい方ができる、ということがわかる。
ボルヘスの、この講義の中で、彼がその生涯を通してつかみ取った、詩を始めとした文学の本質を、やや謙遜がちな表現を通じて、私たちに語っている。
彼の抗議を真摯に受け止めた人間は、これから読んでみようとする作品について、それが文学の本質に触れているものかどうかを、慎重に判断してから、手にすることだろう。
Borges defines himself as a reader, not a poet. He says that the books he read is much more important than he wrote.
Borges mentions that there are actually very few plots in the history of literature. He believes poets will come back as creators again by talking well know plots in future.
Borges talks us the essence of literature by his modest expression based on his experience. The persons who get seriously his talking will never read the cheap literature works ever.
ボルヘスが、その言葉を証明するかのように、彼が幼い頃から読んできた、様々な詩について、メモをみる事なしに、見事に暗唱しながら、彼なりのその味わいを徴収に語っている。
ボルヘスは、物語を構成するプロットには、そもそも少数しかない、あるいは必要ない。むしろ、詩人が、様々な言葉を使い、その物語を語ることの可能性を信じている。詩人は、再び創造者になると、ボルヘスは信じてるようだ。
この言葉からは、ボルヘスの作品は、そのプロットというよりは、彼が物語ろうとしているテーマ、そして、どのような言葉を使って、それを表現しようとしているか、そうしたことに注意して読むと、これまでとは違った、味わい方ができる、ということがわかる。
ボルヘスの、この講義の中で、彼がその生涯を通してつかみ取った、詩を始めとした文学の本質を、やや謙遜がちな表現を通じて、私たちに語っている。
彼の抗議を真摯に受け止めた人間は、これから読んでみようとする作品について、それが文学の本質に触れているものかどうかを、慎重に判断してから、手にすることだろう。
Borges defines himself as a reader, not a poet. He says that the books he read is much more important than he wrote.
Borges mentions that there are actually very few plots in the history of literature. He believes poets will come back as creators again by talking well know plots in future.
Borges talks us the essence of literature by his modest expression based on his experience. The persons who get seriously his talking will never read the cheap literature works ever.
2012年1月9日月曜日
ヴォルテール『哲学書簡』岩波文庫 Voltaire, Letter Philosophiques
イギリスの亡命した若きヴォルテールが、カトリック派が支配するフランスを批判する目的で記したといわれる書。
イギリスの政治、宗教、哲学や科学、芸術の状況を、書簡の形式で記しながら、所々に、フランスを批判する部分を、微妙なさじ加減でちりばめている。
ヴォルテールは、イギリスにおいては、クエーカー教徒を始め、キリスト教の様々な宗派が共存している様子や、当時のフランスでは考えられない、議会中心の様子を、その書簡に記している。また、ニュートンの引力、光学といった理論内容を紹介している。
彼は、哲学は宗教には何の影響も与えられない。なぜなら、哲学を学ぶ人など、国の中では、本を読む人は少なく、さらに、その中で哲学の本を読む人など、ほんの一握りなのだから、と皮肉たっぷりに述べている。
しかし、今日の状況では、それは皮肉ではなく、文字通り、そのような状況になってしまった。これは、ヴォルテールも予想できなかったに違いない。
書簡の最後では、パスカルの『パンセ』について、具体的な文章を上げながら、実に細かい点にまで、その内容を批判している。よほど、『パンセ』の内容が気に入らなかったのだろう。
この書は、『哲学書間』とされているが、内容は決して哲学的な内容とはいえない。今でいえば、社会評論、というべき内容だろう。むしろ、ヴォルテールには、哲学者ということばより、もっと泥臭い、評論家という肩書きの方が、似合っている。
Voltaire wrote this book for criticizing France's catholic dominant society at that period by introducing England's religious, political and cultural situations.
He wrote like this. Philosophy can not affect to religion because only very few peoples read books and only few peoples reading books read philosophic books. It was his irony but now the situation around philosophy is just what he mentioned.
Voltaire criticized Pascal's Panse heavily by quoting each sentence from Panse.
The name of this book is "Letter Philosophiques". But I think Voltaire is a social critic more than a philosopher.
イギリスの政治、宗教、哲学や科学、芸術の状況を、書簡の形式で記しながら、所々に、フランスを批判する部分を、微妙なさじ加減でちりばめている。
ヴォルテールは、イギリスにおいては、クエーカー教徒を始め、キリスト教の様々な宗派が共存している様子や、当時のフランスでは考えられない、議会中心の様子を、その書簡に記している。また、ニュートンの引力、光学といった理論内容を紹介している。
彼は、哲学は宗教には何の影響も与えられない。なぜなら、哲学を学ぶ人など、国の中では、本を読む人は少なく、さらに、その中で哲学の本を読む人など、ほんの一握りなのだから、と皮肉たっぷりに述べている。
しかし、今日の状況では、それは皮肉ではなく、文字通り、そのような状況になってしまった。これは、ヴォルテールも予想できなかったに違いない。
書簡の最後では、パスカルの『パンセ』について、具体的な文章を上げながら、実に細かい点にまで、その内容を批判している。よほど、『パンセ』の内容が気に入らなかったのだろう。
この書は、『哲学書間』とされているが、内容は決して哲学的な内容とはいえない。今でいえば、社会評論、というべき内容だろう。むしろ、ヴォルテールには、哲学者ということばより、もっと泥臭い、評論家という肩書きの方が、似合っている。
Voltaire wrote this book for criticizing France's catholic dominant society at that period by introducing England's religious, political and cultural situations.
He wrote like this. Philosophy can not affect to religion because only very few peoples read books and only few peoples reading books read philosophic books. It was his irony but now the situation around philosophy is just what he mentioned.
Voltaire criticized Pascal's Panse heavily by quoting each sentence from Panse.
The name of this book is "Letter Philosophiques". But I think Voltaire is a social critic more than a philosopher.
2012年1月8日日曜日
フリードリッヒ・リスト『農地制度論』岩波文庫 Friedrich List, Die Ackerverfassung, Die Zwergwirtschaft und die Auswanderung
19世紀のドイツにおいて、ドイツ統一と保護関税を主張したリストが、農地制度についての政策案をまとめたもの。
リストは、零細な農家が多くいる状況はドイツ経済には悪影響を与えるとし、農地制度を改革し、小規模もしくは中規模農家中心の構造に変えるべきだと主張した。農地をなくした農民は、ハンガリーやアメリカに移住させるべきだとも語っている。
リストは、数奇な生涯を送った。皮なめし職人の子に生まれ、政治的な理由で海外に亡命、アメリカでは鉱山事業に成功し、アメリカ領事として帰国し、この保護経済論などを発表した。最後は、イギリスでピストル自殺を遂げている。
そうした多彩な経験が、リストの経済政策論を、現実味あふれたものにしている。
また、経済政策が与える、政治的あるいは社会的な影響にも眼を配っているのもリストらしい。経済的に独立した、小規模もしくは中規模農家が多く育てば、税金の財源としても、軍隊の兵士としても活用でき、ドイツ全体の国力に貢献する、と論じている。
これからの日本という国のあり方、その中での経済政策と、その社会的な影響を考える上で、我々が参考にすべき点は多い。
List claimed his idea of economic politics which incubate small and middle class farmers for Germany in this book. There were too many very small farmers in Germany at that time. They had few wealth and could not contribute for Germany.
List was born as a son of a craft master. He went away from germany due to political reasons. He succeed his mining business in USA and backed to Germany as a consul of USA.
His idea of economic policy is based on his such experience. His idea is consider many kinds of aspects like social and political, not only economy.
He gives us hits to think what is the national interest for us nowadays.
リストは、零細な農家が多くいる状況はドイツ経済には悪影響を与えるとし、農地制度を改革し、小規模もしくは中規模農家中心の構造に変えるべきだと主張した。農地をなくした農民は、ハンガリーやアメリカに移住させるべきだとも語っている。
リストは、数奇な生涯を送った。皮なめし職人の子に生まれ、政治的な理由で海外に亡命、アメリカでは鉱山事業に成功し、アメリカ領事として帰国し、この保護経済論などを発表した。最後は、イギリスでピストル自殺を遂げている。
そうした多彩な経験が、リストの経済政策論を、現実味あふれたものにしている。
また、経済政策が与える、政治的あるいは社会的な影響にも眼を配っているのもリストらしい。経済的に独立した、小規模もしくは中規模農家が多く育てば、税金の財源としても、軍隊の兵士としても活用でき、ドイツ全体の国力に貢献する、と論じている。
これからの日本という国のあり方、その中での経済政策と、その社会的な影響を考える上で、我々が参考にすべき点は多い。
List claimed his idea of economic politics which incubate small and middle class farmers for Germany in this book. There were too many very small farmers in Germany at that time. They had few wealth and could not contribute for Germany.
List was born as a son of a craft master. He went away from germany due to political reasons. He succeed his mining business in USA and backed to Germany as a consul of USA.
His idea of economic policy is based on his such experience. His idea is consider many kinds of aspects like social and political, not only economy.
He gives us hits to think what is the national interest for us nowadays.
ルドルフ・シュタイナー『経済学講座』ちくま学術文庫 Rudlof Steiner, Nationalokonomischer Kurus
神智学のシュタイナーが経済について語った2週間の講義録の記録。ユートピア的な経済を語るのではなく、当時の経済状況について、シュタイナー独自の視点で分析した内容になっている。
シュタイナーは、経済を理解するためには、価格や労働など、個別の事項に焦点を当てるのではなく、経済プロセス全体の流れを理解する必要がある、と繰り返し述べている。
そのプロセスとは、自然、労働、資本と言う流れであり、その流れの中に、決済、融資、贈与という行為がある。さらに、資本の利用のためには、精神(才知)が求められるとしている。
その上で、国民経済を、このプロセスの中に、いかに組み込んでいくかが、大きな課題であるといている。
経済の世界の中に、贈与や精神、という概念を組み入れているのがシュタイナーらしい。
シュタイナーは、繰り返し、理論的なものに捕われずに、現実の社会の状況、そこで起こっていることを、経済を考える際には、考慮に入れなければならない、と訴えている。
閉塞感が漂う現在の経済状況を考える際に、シュタイナーのこうした視点は、非常に参考になるのではないだろうか。
Steiner explained about economics based on his original idea and concept. He did not talk about his utopia. He talked only about the real situation at that time.
Steiner mentioned it is important to see the toll economic process. The process which he mentioned includes Nature, Labor and Capital. Each components is linked by Transaction, Investment and Giving. He also mentioned Spirit is needed to use capital effectively.
It is his original to mention "Spirit" and "Giving" to discuss economics. He said that we should see real situations and actual facts to consider economics.
We can learn many from his book to think about our current disastrous economic situation.
シュタイナーは、経済を理解するためには、価格や労働など、個別の事項に焦点を当てるのではなく、経済プロセス全体の流れを理解する必要がある、と繰り返し述べている。
そのプロセスとは、自然、労働、資本と言う流れであり、その流れの中に、決済、融資、贈与という行為がある。さらに、資本の利用のためには、精神(才知)が求められるとしている。
その上で、国民経済を、このプロセスの中に、いかに組み込んでいくかが、大きな課題であるといている。
経済の世界の中に、贈与や精神、という概念を組み入れているのがシュタイナーらしい。
シュタイナーは、繰り返し、理論的なものに捕われずに、現実の社会の状況、そこで起こっていることを、経済を考える際には、考慮に入れなければならない、と訴えている。
閉塞感が漂う現在の経済状況を考える際に、シュタイナーのこうした視点は、非常に参考になるのではないだろうか。
Steiner explained about economics based on his original idea and concept. He did not talk about his utopia. He talked only about the real situation at that time.
Steiner mentioned it is important to see the toll economic process. The process which he mentioned includes Nature, Labor and Capital. Each components is linked by Transaction, Investment and Giving. He also mentioned Spirit is needed to use capital effectively.
It is his original to mention "Spirit" and "Giving" to discuss economics. He said that we should see real situations and actual facts to consider economics.
We can learn many from his book to think about our current disastrous economic situation.
2012年1月7日土曜日
ヴォルテール『寛容論』中公文庫 Voltaire, Traite sur la tolerance
18世紀を代表する思想家、ヴォルテールが、フランスのトゥールーズで発生したえん罪事件を受けて出版した作品。当時のフランス社会を支配していたカトリック派の不寛容さについて、批判した。
ヴォルテールは、古代ギリシャ、古代ローマ、イギリス、中国などにおける、寛容な政策を紹介し、フランス社会を批判しているが、やや強引な引用も見受けられる。
この本には、戦国末期、南蛮時代の日本も、イエズス教会の不寛容さの事例の1つとして登場する。ヴォルテールによれば、当時の日本は宗教的には寛容な社会で、多くの宗教が共存していた。イエズス教会は、それを独占しようとして、日本の為政者の信用を失い、逆に弾圧されてしまった、という。
逆に日本では、その事件は、当時のキリスト教の弾圧については、当時の日本の不寛容さの例として紹介される。
そうした細かい点は気になるが、ヴォルテールの批判的な精神には、多いに共感する。
そして、現代の社会における、不寛容さについて、考えさせられる。果たして、現在の日本は寛容な社会だろうか?アメリカは?ユーロ危機で揺れるヨーロッパはどうだろうか?
人間の社会は、時に、その時代の状況に応じて、不寛容になる。そうした不寛容さがこの世から消えない限り、ヴォルテールのこの本は、いつの時代にも、読み継がれていくだろう。
Voltaire wrote this book against a false accusation case in south France at his age. He criticized France catholic which cause the case in this book by referencing various topics from ancient Greece, Rome and others.
I doubt some case he introduces but basically I can agree his opinion.
I also think if our current society is tolerance or intolerance. How about Japan, USA and Europe?
Intolerance is one of characters of human-being. This book will be continued to be read in any society in future.
ヴォルテールは、古代ギリシャ、古代ローマ、イギリス、中国などにおける、寛容な政策を紹介し、フランス社会を批判しているが、やや強引な引用も見受けられる。
この本には、戦国末期、南蛮時代の日本も、イエズス教会の不寛容さの事例の1つとして登場する。ヴォルテールによれば、当時の日本は宗教的には寛容な社会で、多くの宗教が共存していた。イエズス教会は、それを独占しようとして、日本の為政者の信用を失い、逆に弾圧されてしまった、という。
逆に日本では、その事件は、当時のキリスト教の弾圧については、当時の日本の不寛容さの例として紹介される。
そうした細かい点は気になるが、ヴォルテールの批判的な精神には、多いに共感する。
そして、現代の社会における、不寛容さについて、考えさせられる。果たして、現在の日本は寛容な社会だろうか?アメリカは?ユーロ危機で揺れるヨーロッパはどうだろうか?
人間の社会は、時に、その時代の状況に応じて、不寛容になる。そうした不寛容さがこの世から消えない限り、ヴォルテールのこの本は、いつの時代にも、読み継がれていくだろう。
Voltaire wrote this book against a false accusation case in south France at his age. He criticized France catholic which cause the case in this book by referencing various topics from ancient Greece, Rome and others.
I doubt some case he introduces but basically I can agree his opinion.
I also think if our current society is tolerance or intolerance. How about Japan, USA and Europe?
Intolerance is one of characters of human-being. This book will be continued to be read in any society in future.
マルティン・ブーバー『我と汝・対話』岩波文庫 Martin Buber, Ich und Du, Zwiesprache
ブーバーは、世界を一人一人の人間とその他の存在の関係と見ている。その上で、世界には2種類あるという。
1つは、例えて言えば、恋人や家族、親しい友人との関係のような、自分と対象が深く結びつく世界である、<われーなんじ>の世界。
もう一つは、経験の世界、時間と空間の世界、事物の性質についての知識を求めるという世界。<われーそれ>の世界。
人間は、<なんじ>との関係を通じて<われ>となると、ブーバーは語る。人間と世界を対立させて考えるデカルトらの哲学者達とは、まったく違った世界観を提示している。
宗教家であるブーバーは、神と人間の関係も、<われーなんじ>の関係であると語る。
また、現代社会は、必然的に<それ>の世界に落ち込むようにできているとして、<なんじ>との世界を取り戻すようにと、警告を発している。
日本は、3・11後、絆という言葉が流行したが、それは、まさに<われーなんじ>の関係だろう。私たちが、この書から学べることは多い。
Buber says that the world is the relationship between myself and others. It is totally different concept of the major western philosophy.
As Buber, there are 2 kinds of relationship. First is <me and you>, Second is <me and it>. <me and you> is personal relation, <me and it> is public relation.
Buber tells us. Modern society is <me and it> orient society. But human-being become himself through some <me and you> relations.
After 3/11 disaster in Japan, the world "Kizuna" (Relationship) was became popular. Japan can learn many from this book.
1つは、例えて言えば、恋人や家族、親しい友人との関係のような、自分と対象が深く結びつく世界である、<われーなんじ>の世界。
もう一つは、経験の世界、時間と空間の世界、事物の性質についての知識を求めるという世界。<われーそれ>の世界。
人間は、<なんじ>との関係を通じて<われ>となると、ブーバーは語る。人間と世界を対立させて考えるデカルトらの哲学者達とは、まったく違った世界観を提示している。
宗教家であるブーバーは、神と人間の関係も、<われーなんじ>の関係であると語る。
また、現代社会は、必然的に<それ>の世界に落ち込むようにできているとして、<なんじ>との世界を取り戻すようにと、警告を発している。
日本は、3・11後、絆という言葉が流行したが、それは、まさに<われーなんじ>の関係だろう。私たちが、この書から学べることは多い。
Buber says that the world is the relationship between myself and others. It is totally different concept of the major western philosophy.
As Buber, there are 2 kinds of relationship. First is <me and you>, Second is <me and it>. <me and you> is personal relation, <me and it> is public relation.
Buber tells us. Modern society is <me and it> orient society. But human-being become himself through some <me and you> relations.
After 3/11 disaster in Japan, the world "Kizuna" (Relationship) was became popular. Japan can learn many from this book.
2012年1月4日水曜日
ベーコン『ノヴム・オルガヌム』岩波文庫 Bacon, Novum Organum
ベーコンは、彼の考えを、アフォリズムという短い文章を積み重ねる形式で表した。これは、論理を積み重ねていく、という思考形式自体を批判していることによる。
ベーコンは、人間は、自分が直接観察あるいは経験したことだけを知ることができるとして、演繹法的な思考を批判した。
彼は、人間の論理展開は勿論、人間の直接の感覚自体にも、批判的な見解を述べている。これは、後のヒュームにも通じる、イギリスに特有の、人間という存在に対する、基本的な懐疑が現れている。
こうした思想からは、狂信的な思想は決して生まれない。
ベーコンは、単に思考形式の問題だけではなく、批判的な見方を許さない、キリスト教の影響が強かった当時の風潮も批判している。
彼がこの書で明らかにした、いわゆる4つのイドラ、すなわち、人間の本性、個人、社会生活、論証の誤った諸規則、のそれぞれによる偏見、という問題は、今日でも当てはまる。
これまでの考え方やものの見方が、限界を迎えつつある現代の日本において、もういちど、目の前の現実を、一から見直してみるために、この書は、もっと読まれていい本だと思う。
Bacon criticized the way of thought at that time. He says human-being can know only things he get directly from his sense.
He had doubt for human-being ability to know basically. Hume also had similar idea to Bacon's. It is the british traditional thought.
We are facing very difficult situation. Existing thought seems to be not applicable for the situation. We should ready Bacon's book once for finding our innovative idea to solve issues.
ベーコンは、人間は、自分が直接観察あるいは経験したことだけを知ることができるとして、演繹法的な思考を批判した。
彼は、人間の論理展開は勿論、人間の直接の感覚自体にも、批判的な見解を述べている。これは、後のヒュームにも通じる、イギリスに特有の、人間という存在に対する、基本的な懐疑が現れている。
こうした思想からは、狂信的な思想は決して生まれない。
ベーコンは、単に思考形式の問題だけではなく、批判的な見方を許さない、キリスト教の影響が強かった当時の風潮も批判している。
彼がこの書で明らかにした、いわゆる4つのイドラ、すなわち、人間の本性、個人、社会生活、論証の誤った諸規則、のそれぞれによる偏見、という問題は、今日でも当てはまる。
これまでの考え方やものの見方が、限界を迎えつつある現代の日本において、もういちど、目の前の現実を、一から見直してみるために、この書は、もっと読まれていい本だと思う。
Bacon criticized the way of thought at that time. He says human-being can know only things he get directly from his sense.
He had doubt for human-being ability to know basically. Hume also had similar idea to Bacon's. It is the british traditional thought.
We are facing very difficult situation. Existing thought seems to be not applicable for the situation. We should ready Bacon's book once for finding our innovative idea to solve issues.
2012年1月3日火曜日
パウル・ティリッヒ『生きる勇気』平凡社ライブラリー Paul Tillich, The Courage to Be
ティリッヒは、ドイツ生まれのプロテスタント系の神学者・哲学者。ドイツでは、ホルクハイマーやアドルノに影響を与え、その後アメリカに渡り、現代を代表する神学者となった。
ティリッヒは、”勇気”についての、プラトンからニーチェまでのヨーロッパにおける考え方を紹介し、それを、”「それにもかかわらず」自己自身を肯定すること”と定義する。
その勇気を妨げる不安について、運命と死の不安、空虚と無意味の不安、罪責と断罪の不安の3つに類型化し、その不安に立ち向かい、生きていくための勇気について、哲学、医学、進学の様々な側面から論じている。
全体の部分として生きる勇気、個人として生きる勇気、を紹介し、現代における不安とは、無意味の不安が主であり、それを乗り越えるには、神を越える神といきる勇気(絶対的信仰)が必要であると締めくくっている。
日本では、経済状況が長く停滞しておおり、多くの人が将来に不安を感じている。そんな人々は、この書から何かを学べるのではないだろうか。
しかし、ヨーロッパ中心の記述であるため、日本人にはちょっとわかりにくい内容が多いのは残念だ。
東洋においては、釈迦牟尼が、ティリッヒの上げる3つの不安と非常に良く似た考え方で、人生を苦であるとし、そこから仏教が興った。
残念ながら、その後の仏教は、釈迦牟尼の思想とはかけ離れてしまったが、釈迦牟尼の本来の思想の系譜をたどると、日本人にとっての”生きる勇気”が見つかるかもしれない。
Tillich explained various theory of courage by referencing from Plato to Niche. He also tells we need our courage to face the fear surround us.
He says that nonsense is most fear for modern peoples and need absolute faith for solving the fear.
His thought is purely western style and not comfortable for Japanese. We need Japanese version "Tillich" to survive in current bad-economy society.
ティリッヒは、”勇気”についての、プラトンからニーチェまでのヨーロッパにおける考え方を紹介し、それを、”「それにもかかわらず」自己自身を肯定すること”と定義する。
その勇気を妨げる不安について、運命と死の不安、空虚と無意味の不安、罪責と断罪の不安の3つに類型化し、その不安に立ち向かい、生きていくための勇気について、哲学、医学、進学の様々な側面から論じている。
全体の部分として生きる勇気、個人として生きる勇気、を紹介し、現代における不安とは、無意味の不安が主であり、それを乗り越えるには、神を越える神といきる勇気(絶対的信仰)が必要であると締めくくっている。
日本では、経済状況が長く停滞しておおり、多くの人が将来に不安を感じている。そんな人々は、この書から何かを学べるのではないだろうか。
しかし、ヨーロッパ中心の記述であるため、日本人にはちょっとわかりにくい内容が多いのは残念だ。
東洋においては、釈迦牟尼が、ティリッヒの上げる3つの不安と非常に良く似た考え方で、人生を苦であるとし、そこから仏教が興った。
残念ながら、その後の仏教は、釈迦牟尼の思想とはかけ離れてしまったが、釈迦牟尼の本来の思想の系譜をたどると、日本人にとっての”生きる勇気”が見つかるかもしれない。
Tillich explained various theory of courage by referencing from Plato to Niche. He also tells we need our courage to face the fear surround us.
He says that nonsense is most fear for modern peoples and need absolute faith for solving the fear.
His thought is purely western style and not comfortable for Japanese. We need Japanese version "Tillich" to survive in current bad-economy society.
2012年1月1日日曜日
ジャン・モリス『ヴェネツィア帝国への旅』講談社学術文庫 Jan Morris, The Venetian Empire
ヴェネツィアについての本といえば、ヴェネツィア本島を中心とした歴史や文化の紹介が多いが、この本は少し趣を変えている。
ヴェネツィアのかつての植民地となった地域を実際に巡りながら、帝国としてのヴェネツィアの歴史を振り返るという内容になっている。
ヴェネツィアが、”帝国”というと始めはピンとこなかったが、読み進めていくうちに、かつては、イスタンブールから、クレタ島やアドリア海沿岸を支配していた、ヴェネツィアの帝国としての側面が見えてきた。
モリスによれば、ヴェネツィアの支配は、他の帝国とは違い、完全に経済的な目的に限られてもので、その他の文化や宗教的な支配ではなかった。しかし、その支配は過酷で、支配される方からしてみれば、ヴェネツィアは、招からざる客だった。
第4次十字軍のどさくさに紛れ手に入れたイスタンブールから、徐々にヴェネツィア本島に向けてモリスは旅を続けていく。それは、同時のヴェネツィア帝国が、オスマントルコの攻勢を受けて、その領土を徐々に失っていく、没落の歴史を辿ることでもある。
現在の風景から、過去の出来事や事件を回想する。歴史の楽しみ方として、これ以上のものはない。その楽しさを、十分に味合わせてくれる、好著だ。
歴史学の危機が叫ばれているが、こうした歴史の味わい方は、これからも、決して絶えることはないだろう。
Usually I expect the topic of Venice as history and culture of Venice island itself. But this book tells us about Venice as a empire. Venice ruled broad region from Istanbul to Adriatic sea. Morris traveled these area and looked back to the age of Venetian empire.
As Morris, Venice ruled these areas only for economic benefits and did't touch to cultures and religions.
The history of Venetian empire is also the history of Venice's defeat by Turkish. I enjoyed the journey so much. This is one of best way for enjoying history.
ヴェネツィアのかつての植民地となった地域を実際に巡りながら、帝国としてのヴェネツィアの歴史を振り返るという内容になっている。
ヴェネツィアが、”帝国”というと始めはピンとこなかったが、読み進めていくうちに、かつては、イスタンブールから、クレタ島やアドリア海沿岸を支配していた、ヴェネツィアの帝国としての側面が見えてきた。
モリスによれば、ヴェネツィアの支配は、他の帝国とは違い、完全に経済的な目的に限られてもので、その他の文化や宗教的な支配ではなかった。しかし、その支配は過酷で、支配される方からしてみれば、ヴェネツィアは、招からざる客だった。
第4次十字軍のどさくさに紛れ手に入れたイスタンブールから、徐々にヴェネツィア本島に向けてモリスは旅を続けていく。それは、同時のヴェネツィア帝国が、オスマントルコの攻勢を受けて、その領土を徐々に失っていく、没落の歴史を辿ることでもある。
現在の風景から、過去の出来事や事件を回想する。歴史の楽しみ方として、これ以上のものはない。その楽しさを、十分に味合わせてくれる、好著だ。
歴史学の危機が叫ばれているが、こうした歴史の味わい方は、これからも、決して絶えることはないだろう。
Usually I expect the topic of Venice as history and culture of Venice island itself. But this book tells us about Venice as a empire. Venice ruled broad region from Istanbul to Adriatic sea. Morris traveled these area and looked back to the age of Venetian empire.
As Morris, Venice ruled these areas only for economic benefits and did't touch to cultures and religions.
The history of Venetian empire is also the history of Venice's defeat by Turkish. I enjoyed the journey so much. This is one of best way for enjoying history.
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