ベトナム戦争以前の、タイ、ベトナム、ラオス、カンボジアを巡る貴重な記録。
戦後間もない1950年代に、学術調査隊を海外に送るということが、いかに大変だったかが、実体験とともに語られる。
自動車会社から車を出してもらい、出版社などからは、記事を書くことを条件に援助をもらう、などなど。梅棹は、後に民博を創立することになるが、そうした”外交”に長けていたことが、この本からよく伺える。
タイという国について、”後進国だから”というイメージに捕われずに、官僚の優秀さについて、素直に賞賛している。ベトナムでも、国民の勤勉さについて、高く評価している。
元日本兵で、そのまま現地で暮らしている日本人にも遭遇する。時代性を強く感じる。
実際は、本当に大変な調査だったと思うが、梅棹のユーモア感あふれた文章は、実に楽しい旅行記のように読める。
Umesao went to south east asian countries like Thailand, Vietnam and Cambodia for scientific investigations before Vietnam war.
Umesao disclose his backside work of scientific investigation like the negotiation with the governments of each countries and companies.
Umesao saw each countries without nay predictions. He admired Thailand's Bureaucratic system and Vietnam people's industriousness specially.
The journey was very tough actually. But Umesao described the journey with his fun and humor.
Nobu Book Commentary
2012年1月21日土曜日
梅棹 忠夫『情報の文明学』中公文庫 Tadao Umesao, Information Civilization
梅棹は、彼自身が、大学あるいは博物館という情報産業の中にいたこと、それに、テレビ業界の人間との付き合いなどから、情報産業社会というアイディアを思うついたようだ。
産業の3段階の発展形式について、文明の生態史観の時と同様に、生物学の発想を取り入れて、胚の発生の考え方と産業の発展を結びつけているのが興味深い。第1次産業は内胚葉産業、第2次産業は中胚葉産業、そして情報産業は外胚葉産業だと言っている。
この世の中のあらゆる現象を、情報という視点で見てみる、という梅棹の視点は、今日でも十分に通用する。
どんな産業においても、ホワイトカラーの人間は、情報技術者だ、という彼の指摘は、知識労働者というコンセプトを先取りしていた。
同じ農業を行っていても、それを市場に売れば第1次産業だが、趣味として行うようになれば、それは情報産業になる、とも書いている。
今読んでも、新たな発見が沢山ある。
Umesao mentioned Information industry would change the world in this book before Daniel Bell and Alvin Toffler.
Umesao use Embryology's concept to describe civilization's history.
Umesao saw our society from the perspective of information and wrote how informations is involved in our society.
Umesao said white color labors in every industry includes agriculture industry was information worker in this book.
産業の3段階の発展形式について、文明の生態史観の時と同様に、生物学の発想を取り入れて、胚の発生の考え方と産業の発展を結びつけているのが興味深い。第1次産業は内胚葉産業、第2次産業は中胚葉産業、そして情報産業は外胚葉産業だと言っている。
この世の中のあらゆる現象を、情報という視点で見てみる、という梅棹の視点は、今日でも十分に通用する。
どんな産業においても、ホワイトカラーの人間は、情報技術者だ、という彼の指摘は、知識労働者というコンセプトを先取りしていた。
同じ農業を行っていても、それを市場に売れば第1次産業だが、趣味として行うようになれば、それは情報産業になる、とも書いている。
今読んでも、新たな発見が沢山ある。
Umesao mentioned Information industry would change the world in this book before Daniel Bell and Alvin Toffler.
Umesao use Embryology's concept to describe civilization's history.
Umesao saw our society from the perspective of information and wrote how informations is involved in our society.
Umesao said white color labors in every industry includes agriculture industry was information worker in this book.
梅棹 忠夫『知的生産の技術』岩波新書 Tadao Umesawa, Technique of intellectual production
私の本は、おめでたい88版。それにしても、凄い数字だ。
すでに、数回読んでいるはずだが、読むたびに発見がある。それこそが、この本が古典であるという証拠だ。
前に読んだときは、梅棹が紹介する、具体的な方法に興味があった。しかし、今読んで見ると、パソコン、スマホが普及し、もっといい方法があるのでは?と思ってしまう。
むしろ、いかに知的生産の生産性を上げるか、そのための考え方、アプローチの方が興味深かった。
”はじめに”の19ページで、梅棹自身も以下のように述べている。”これは、ひとつの提言であり、問題提起なのである・・・(中略)・・・これを読まれた方が、それぞれの個性的にして普遍的な知的生産の技術を開発されるための、きっかけになれば、それでいいのである。”
まさに、その通りだと思う。
I have read this book a couple of times. I can find new in every time. It means this book is real classic.
Last time I focused on the technique but they are old fashion in current social networking world.
We should learn not the technique itself but how we can find our best way to produce our intellectual outcome from this book.
すでに、数回読んでいるはずだが、読むたびに発見がある。それこそが、この本が古典であるという証拠だ。
前に読んだときは、梅棹が紹介する、具体的な方法に興味があった。しかし、今読んで見ると、パソコン、スマホが普及し、もっといい方法があるのでは?と思ってしまう。
むしろ、いかに知的生産の生産性を上げるか、そのための考え方、アプローチの方が興味深かった。
”はじめに”の19ページで、梅棹自身も以下のように述べている。”これは、ひとつの提言であり、問題提起なのである・・・(中略)・・・これを読まれた方が、それぞれの個性的にして普遍的な知的生産の技術を開発されるための、きっかけになれば、それでいいのである。”
まさに、その通りだと思う。
I have read this book a couple of times. I can find new in every time. It means this book is real classic.
Last time I focused on the technique but they are old fashion in current social networking world.
We should learn not the technique itself but how we can find our best way to produce our intellectual outcome from this book.
島田 虔次『朱子学と陽明学』岩波新書 Kenji Shimada, Cheng-Zhu school and Yangmingism
新書といういと、その道の専門家が、一般の人にわかりやすく、自分の研究分野のことを書く、というイメージがあるが、この書は全く異なる。島田は、それでも、これを一般書、概説書であると、あとがきで断っているが。
中国の歴史が大きく変わった宋の時代、儒学が、ライバルである仏教や道教の思想を取り込みながら生まれたのが”新しい哲学”、宋学(朱子学)であった。
朱子学が生まれる母体となる思想を紹介し、続いて、朱子学の内容を紹介。それを受けて、成立した陽明学、そして最後に、陽明学の急進的な左派思想に影響を受けた、”反逆者”李卓吾の思想を生涯を描いている。
内容は、難しいが、”細かいことにはこだわるな!”とばかり、ぐいぐいと、読む人の心を引きずっていく。あとがきに、若い頃の失敗を堂々と記述する辺り、島田の人間としての大きさ、真摯さが、感じられる。島田は京都大学出身で、吉川幸次郎の教えを受けたというのをあとがきで読み、そのことに納得した。
巻末にある、年表がまた面白い。宋代以降の中国の思想家と、日本や西洋の思想家の生涯を並べている。いやはや、とにかく恐れ入った。39版重ねているのも、うなずける。
Shimada described a brief history of Cheng-Zhu school and Yangmingism. As Shimada, Cheng-Zhu create new party of Confucianism by accepting some idea from Buddhism and Taoism.
The target audience of this book is for beginner basically. But Shimada seems not to take care for such a thing. He just write what he should do in this book.
Shimada graduated Kyoto university well knows as a unique cultural one. His master in the university was Kojiro Yoshikawa, well known scholar of Chinese literature. They made Shimada write this kind of book.
中国の歴史が大きく変わった宋の時代、儒学が、ライバルである仏教や道教の思想を取り込みながら生まれたのが”新しい哲学”、宋学(朱子学)であった。
朱子学が生まれる母体となる思想を紹介し、続いて、朱子学の内容を紹介。それを受けて、成立した陽明学、そして最後に、陽明学の急進的な左派思想に影響を受けた、”反逆者”李卓吾の思想を生涯を描いている。
内容は、難しいが、”細かいことにはこだわるな!”とばかり、ぐいぐいと、読む人の心を引きずっていく。あとがきに、若い頃の失敗を堂々と記述する辺り、島田の人間としての大きさ、真摯さが、感じられる。島田は京都大学出身で、吉川幸次郎の教えを受けたというのをあとがきで読み、そのことに納得した。
巻末にある、年表がまた面白い。宋代以降の中国の思想家と、日本や西洋の思想家の生涯を並べている。いやはや、とにかく恐れ入った。39版重ねているのも、うなずける。
Shimada described a brief history of Cheng-Zhu school and Yangmingism. As Shimada, Cheng-Zhu create new party of Confucianism by accepting some idea from Buddhism and Taoism.
The target audience of this book is for beginner basically. But Shimada seems not to take care for such a thing. He just write what he should do in this book.
Shimada graduated Kyoto university well knows as a unique cultural one. His master in the university was Kojiro Yoshikawa, well known scholar of Chinese literature. They made Shimada write this kind of book.
梅棹 忠夫『文明の生態史観』中公文庫 Tadao Umesao, Historical perspective of ecological civilization
あまりにも有名な梅棹の文明論、それ自体はもとより、その論がどのようにして生まれたのか、発想の過程までがよくわかる、実に興味深い書だ。
それは、梅棹のアフガン、パキスタン、インドなど各地の探検の経験に基づいていた。
それまでの東洋と西洋という枠に収まらない、インドという”中洋”の発見。そして、なぜ、ヨーロッパと日本だけが、近代国家になり得たのか。さらに、風土とそこに暮らす人々との関係、つまり生態学の発想。それらが相まって、梅棹の文明論が生まれた。
また、梅棹は、彼の文明論を発表したときの人々の反応について、これを日本論として捉えられことと、日本は今後どうしたらいいのか、という思いがけない2つの対応に困惑したことを述べている。
今から読んでみても、梅棹の書いたものは、論文と言うよりは、エッセイ、のように思えるが、梅棹としては、立派な論文であると考えていたようだ。
梅棹の、論文というものに対する考え方が、学会というアカデミックな世界が考えるものと、いかに異なっていたか、を表すエピソードだ。
Umesao is well knows as the author of this book in Japan. His theory is based on his many experiences of explorer in Asia and Africa.
Umesao see human-being civilization from ecological view. This is very unique view.
Umesao's original article is just like essay or commentary. But he bought it was academic paper. It is also a topic of his uniqueness.
それは、梅棹のアフガン、パキスタン、インドなど各地の探検の経験に基づいていた。
それまでの東洋と西洋という枠に収まらない、インドという”中洋”の発見。そして、なぜ、ヨーロッパと日本だけが、近代国家になり得たのか。さらに、風土とそこに暮らす人々との関係、つまり生態学の発想。それらが相まって、梅棹の文明論が生まれた。
また、梅棹は、彼の文明論を発表したときの人々の反応について、これを日本論として捉えられことと、日本は今後どうしたらいいのか、という思いがけない2つの対応に困惑したことを述べている。
今から読んでみても、梅棹の書いたものは、論文と言うよりは、エッセイ、のように思えるが、梅棹としては、立派な論文であると考えていたようだ。
梅棹の、論文というものに対する考え方が、学会というアカデミックな世界が考えるものと、いかに異なっていたか、を表すエピソードだ。
Umesao is well knows as the author of this book in Japan. His theory is based on his many experiences of explorer in Asia and Africa.
Umesao see human-being civilization from ecological view. This is very unique view.
Umesao's original article is just like essay or commentary. But he bought it was academic paper. It is also a topic of his uniqueness.
梅棹 忠夫『モゴール族探検記』岩波新書 Tadao Umesao, Voyage of Mongolian
梅棹が、モンゴル族の末裔とおぼしきモゴール族を訪ね、アフガン戦争以前のアフガニスタンを訪ねた探検記。
荒涼とした、砂と砂漠の大地の中に、つつましく暮らす人たちとの交流。しかし、そこに住む人たちの中には、メッカを訪れ、村人から敬愛されるハジや、何日か、ローマ字を読んだ
だけで、その内容を理解してしまう、頭のいい人もいた。
中立であるはずの外国からの探検者である梅棹だが、現地の人から親切にされることで、現地の人達の対立に否応なく巻き込まれていく。
それにしても、現在のアフガニスタンは、どうなってしまったのだろう。
ソビエトの侵攻、アメリカの介入、タリバンによる征服、そして、その後のアメリカを注進した西側の介入・・・
探検記としての楽しさを十二分に味わいながらも、その後の厳しい現実に、どうしても思いを巡らせてしまう。
Umesan explored to find a group of Mongolian in Afghanistan in 1950s. This is valuable record of Afghanistan before the Afghanistan war from 1980s.
He describe some peoples whom he met in his travel. A person went to Mecca, a person is very wise and make sense how to read new word quickly.
Everything has hanged by the war. What has happened to them? I am forced to pray happy for them.
荒涼とした、砂と砂漠の大地の中に、つつましく暮らす人たちとの交流。しかし、そこに住む人たちの中には、メッカを訪れ、村人から敬愛されるハジや、何日か、ローマ字を読んだ
だけで、その内容を理解してしまう、頭のいい人もいた。
中立であるはずの外国からの探検者である梅棹だが、現地の人から親切にされることで、現地の人達の対立に否応なく巻き込まれていく。
それにしても、現在のアフガニスタンは、どうなってしまったのだろう。
ソビエトの侵攻、アメリカの介入、タリバンによる征服、そして、その後のアメリカを注進した西側の介入・・・
探検記としての楽しさを十二分に味わいながらも、その後の厳しい現実に、どうしても思いを巡らせてしまう。
Umesan explored to find a group of Mongolian in Afghanistan in 1950s. This is valuable record of Afghanistan before the Afghanistan war from 1980s.
He describe some peoples whom he met in his travel. A person went to Mecca, a person is very wise and make sense how to read new word quickly.
Everything has hanged by the war. What has happened to them? I am forced to pray happy for them.
2012年1月14日土曜日
野嶋剛『謎の名画・清明上河図』勉誠出版 Tsuyoshi Nojima, Mysterious paintings : Along the River During the Qingming Festival
北京故宮博物館が有する、中国の至宝、清明上河図について、その描かれている内容、絵が辿った数奇な運命、現在の開封の様子などを、ドキュメンタリータッチで紹介している。
それにしても、この絵にまつわるエピソードの数々に圧倒される。野嶋も語るように、この絵は、もはや絵という枠を超えてしまっている。
絵の作者も、実在が完全に明らかになっている訳ではなく、作成された時期や背景も、はっきりしていない。何人もの人に渡り、現在の北京故宮博物館に納められた経緯も、略奪といわれてもおかしくない。
描かれた当時は、決して一流とは見られていなかったが、その数奇な歴史を経て、今では誰もが認める国家の至宝になった。
野嶋がジャーナリストということもあり、内容は、学術的なものでなく、泥臭い感じがして交換が持てた。
清明上河図の中の、当時の開封の風景には、貴族や富豪でなく、農民や商人、それに町の住民達が描かれている。この本の雰囲気は、その絵の内容に、実に相応しい。
"Along the River During the Qingming Festival" is a one of best treasure of China. But the painting is mysterious. It is not clear yet who and when painted it. Many peoples has gotten it and has have to release it.
The painting was not seen as a great work at first but the situation has changed after many years. No nobody doubt it is one of best in China.
Nojima is journalist and the contents of this book is not like academic. But I liked it. the characters in the painting are not nobles and riches but ordinary peoples like farmers, merchants and citizens. This book is suitable for "Along the River During the Qingming Festival".
それにしても、この絵にまつわるエピソードの数々に圧倒される。野嶋も語るように、この絵は、もはや絵という枠を超えてしまっている。
絵の作者も、実在が完全に明らかになっている訳ではなく、作成された時期や背景も、はっきりしていない。何人もの人に渡り、現在の北京故宮博物館に納められた経緯も、略奪といわれてもおかしくない。
描かれた当時は、決して一流とは見られていなかったが、その数奇な歴史を経て、今では誰もが認める国家の至宝になった。
野嶋がジャーナリストということもあり、内容は、学術的なものでなく、泥臭い感じがして交換が持てた。
清明上河図の中の、当時の開封の風景には、貴族や富豪でなく、農民や商人、それに町の住民達が描かれている。この本の雰囲気は、その絵の内容に、実に相応しい。
"Along the River During the Qingming Festival" is a one of best treasure of China. But the painting is mysterious. It is not clear yet who and when painted it. Many peoples has gotten it and has have to release it.
The painting was not seen as a great work at first but the situation has changed after many years. No nobody doubt it is one of best in China.
Nojima is journalist and the contents of this book is not like academic. But I liked it. the characters in the painting are not nobles and riches but ordinary peoples like farmers, merchants and citizens. This book is suitable for "Along the River During the Qingming Festival".
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