2011年12月31日土曜日

川北稔『イギリス近代史講義』講談社現代新書 Minoru Kawakita, The lecture of British modern history

川北は、冒頭で、歴史学が危機を迎えているという問題意識を提示している。

それを受けて、歴史を学ぶことにどんな意義があるのか、という視点でイギリス近代史を講義している。イギリスの近代史で起こったことを、日本は、高度成長期から現在までに追体験したのではないか、という視点で、当時の人々の暮らしの様子、世界システム論などをわかりやすく紹介している。

イギリスにおいて、衰退論が盛んになった1960年代と、サッチャー政権との関係を論じた部分は興味深い。歴史の見方は、その時代の状況に大きく影響されるということをよく表している。

もし、現在において、歴史学が危機を迎えているとしたら、それは、現在が歴史を必要としていない、ということだろう。もはや、政治的に利用する価値もないと言うことなのだろうか。

川北は、歴史学者が、現在の社会的な問題に、まったく発言できていない、としているが、戦略なき単なる発言では、衰退論がサッチャー政権に利用された二の舞になるだけだろう。

歴史学とは、けっして過去についての学問ではない。それは、現在についての学問なのだ。

Kawakita mentions history is in dangerous now because few people are interested in history. He tells British modern history to prove how hew can learn many things from history to consider the current social issues.

As Kawakita, The theory of decline become popular in 1960s at England. Thatcher used the theory to realize her policy at that time.

We should be careful for governor's using history for themselves at any age. Historian also should be careful not to be used by politicians.

2011年12月30日金曜日

藻谷浩介『デフレの正体』角川書店 Kousuke Motani, True character of deflation

藻谷は、日本経済の停滞について、人口構成に焦点を当てる。消費に消極的な高齢者の人口比が増えていることが、日本全体の需要を押し下げているという。

この本の面白さは、そうした主張自体よりも、藻谷のデータの使い方にある。マスコミが作り出すムード、思い込みなどを、公開された数値データを使って、次々と打ち消していく。

地方は首都圏に比べて経済状況が悪い、人口の減少は生産性の向上でカバーできる、などの”常識”が、次々と具体的なデータで論破されている。

一方で、藻谷は、解決策として、高齢者から若年層への所得移転、女性の社会進出の促進、外国人観光客の増加などを提案している。

しかし、残念ながら、このパートになると、それまでの説得力のある藻谷の主張は、急速に勢いをなくしていく。確かに、主張していることは正しいが、少なくとも短期的には、実現性に乏しいことは誰が見ても明らかだ。

ということは、今後も日本の内需は縮小し続けていく、と考えるのが、正しい見方なのかもしれない。

Motani claim that Japan's aging makes economic demand decline. He proves his claim by many kinds of actual economic data.

His claim is interesting. But his way of proving by using actual data is more intreating. We can use his way for our daily many kinds of activity.

He proposes some idea to solve the economic problem. First is to move aged peoples money to younger peoples. Second is to encourage women work. Third is to activate foreigners coming to Japan.

But his solutions seem to be difficult to realize actually. It means that we maybe can not stop Japan economic demand decline.

大瀧雅之『平成不況の本質』岩波文庫 Masayuki Otaki, Reality of Japanese Recession

大瀧によれば、1990年以降の日本の不況の本質は、日本政府が金融機関を淘汰せずに、保護したことにより、国際的な金融システムの危機に巻き込まれたことと、また、製造業がそうした状況を受けて対外投資を進めた結果、失業率が高くなり、国内の労働力と言う社会資本が崩壊したこと、だという。

もちろん、そうした状況の背景には、小泉政権に代表される、構造改革、規制緩和という経済政策がある。大瀧によれば、日本政府の経済政策が、今日の不況をもたらした、ということになる。

大瀧の労働に対する考え方、あるいは、情報技術に対する考え方には、首を傾げたくなる、思い込みではないか、といいたくなるような記述も多々あった。

しかし、大瀧の基本的な主張には、耳を傾けるべき点が多い。

今後の日本のあり方を考える上で、経済成長を優先するのか、それ以外の、例えば社会資本という視点を優先するのか、などを考える上で、この書は大きなヒントを与える。

Otaki insists that Japanese government's economic policy afford the current recession. Japanese Government did not abolish some bad Japanese bank. JG's deregulation also made Japanese manufacturing companies invested to outside of Japan and fired many Japanese employee.

Otaki criticizes economic growth oriented policy and emphasizes employment and education.

I am not 100% on his side but we should take care of his book more.


2011年12月24日土曜日

ジャック・ラカン『二人であることの病い』講談社学術文庫 Jacques Lacan, mal d'etre deux

ラカンと言えば、まるで理解されることを拒否するような文章で、意図的に、読む人を煙に巻く印象があるが、この本は、初期の文章と言うこともあり、読みやすい。

一見すると、何気ない精神分析医の文章のように読めるが、以下のような記述の箇所に、後のラカンの思想の萌芽が読み取れる。

スピノザの言葉を引用して論文を締めくくっている部分。

”精神障害は、けっしてそれだけを切り離すことはできない。”と語る部分。

パラノイアの分析に、芸術の様式との類似性について語る部分。

精神分析を行う際は、単に目の前の症状や家族との関係だけではなく、その文化の諸形態を考慮する必要がある、と語る部分。

Usually we think Lacan's books is difficult to understand. But this bool is very easy to understand because he wrote the articled in this book at his young age.

I found some origins of his thought in his late age in this book. He mentioned about Spinoza. He wrote that we should consider many kind of aspects like family and culture for mentally ill.

渡邊大門『戦国誕生』講談社現代文庫 Daimon Watanabe, The beginning of Sengoku Period

この本は、室町時代の中盤から後半にかけての時代を扱っているが、とにかく面白い。歴史に関する書物で、これほど楽しんで読めた本は久しぶりだった。どこがそれほど面白かったのか。以下の3点に集約できる。

1つ目は、時間の流れに捕われず、将軍、天皇、守護大名という、当時の主要な登場人物を中心に、同じ歴史の流れを、それぞれの立場から、記述していること。

同じ事件が、何度も現れるが、将軍、天皇、守護大名などの視点で語られる。始めは、戸惑いを感じるが、徐々にその方が面白く感じられるようになった。

2つ目は、従来の視点に捕われずに、新しい新事実を取り上げている点。例えば、足利義政といえば、若い頃から政治の世界からは身を引いて、文化の世界に引きこもった、というイメージがあるが、実は、死ぬまで政治の最前線にいたことを、この書で初めて知った。

3つ目は、個々の人間の力では抗うことができない歴史の流れを感じたこと。

足利時代は、4代将軍以降、没落の一途をたどった。義満までの”英雄の時代”が終わり、その後の将軍や、その取り巻きも、一流の人物ではなかったのかもしれない。しかし、それにしても、個々の人物の力量を超えて、時代の流れが、将軍や天皇の努力を、無に帰していってたような気がする。

This book tells us how Shoguns of Muromachi Bakufu has failed to govern Japan at that time.

The author explains the situation of that age from various sight like Shogun, Tennou Noble and others. The multi angle explanation is very interesting.

Shogun Yoshimasa tried to control the state at that time but all situations was against him. I felt the history rule or law which human-being can not change or against it.

2011年12月18日日曜日

ジョルジュ・アガンベン『開かれ』平凡社ライブラリー Giorgio Agamben, L'aperto: L'uomo e l'animale

アガンベンは、13世紀のヘブライ語聖書に描かれた動物の顔を持つ人間の絵をきっかけに、ヨーロッパの歴史における、人間と動物の分類にまつわる、様々なエピドーソを紹介する。

その流れは、アガンベンが人類学機械、とよぶものにたどり着く。それは、ヨーロッパの知性を象徴する。その知とは、物事をある違いによって分類し、分類の発想は、差別と支配の発想に結びついている。

アガンベンは、最後に、ベンヤミンの”人類学機械”とはちがった、人間と動物の捉え方を紹介し、人類学機械によらない、人間と動物の新しい関係の可能性を提示する。

ふだん、動物と身近に接している人は、人間と動物の違いについて、”人類学機械”のように考えることはないだろう。

イヌでもネコでも、ペットとして可愛がっている人にとっては、見知らぬ人間よりは、そうしたペットに対しての方が、深い愛情を感じるだろう。

そうした、自分の感覚に基づく、従来の考えに捕われない生き物への視点は、アガンベンが期待する、あたらしい関係に対して、1つのヒントを与える。

Agamben introduces various thoughts about the relationship between human and animal in western society. As him, the Anthropology machine is a symbol of western intelligence. The character of the intelligence is the classification and discrimination.

Agamben desire we will have another view of the relationship between human and animal instead of the the Anthropology machine.

The person who is feeding pets like dogs or cats see animals by their different view from  them. They see pets more important than unknown peoples sometimes.

We should note such a people's feeling more to find out new relationship between human and animal.

2011年12月17日土曜日

レーニン『国家と革命』講談社学術文庫 Vladimir Il'ich Lenin, Sate and Revolution

レーニンは、この本の中で、エンゲルスやマルクスを引用しながら、革命によらず、国家体制の中で自分たちの主張の一部を実現しようとする、当時の社会主義政党を日和見主義として批判している。

レーニンによれば、エンゲルスやマルクスの理論に基づき、プロレタリアートは、革命によりブルジョア国家を打倒し、当面は国家を維持するものの、その後、国家を廃絶するべきだという。

レーニンが生きていた時代と現代とでは、それほど大きな違いがない。いわゆる民主主義国家においては、国家は、資本主義社会を維持するための機械であり、官僚と軍隊が、それを支えている。

しかしその一方で、私たちは、エンゲルスやマルクス、あるいはレーニンが描いたビジョンでは、たとえその体制を打破できたとしても、それよりもいい社会を作れないと言うことを、ソビエトを始めとした失敗の事例により、良くわかっている。

現在の社会をよりよくするためには、今の体制のままで、少しづつではあるが、改善を繰り返していくか、あるいは、彼らのビジョンとは違う方法で、この世の中を改めるしかないのだ。

Lenin criticize Social parties at that time in this book. The parties tried to realize their policies through the existing state system. Lenin thought proletariates should break the system by violence.

The political situation at now is not so much different from at that time. The state is just the system to protect the capitalism. But we also know Marxism can not change the world effectively.

We have only 2 choices. First is to improve the world little by little through the current system. Second is to try yo find a new way to change the world dramatically.

Introduction

本を読むということは、一体、どんなことなのだろうか?

それは、紙、もしくはディスプレイの上に並べられた文字を、眼で追っていくという活動が中心になっているが、むろん、それだけではない。

文字を解釈し、その解釈によって、さまざまな思考がそのあとに続く。

緊張感のある小説などの場合は、ただただ、その書かれた内容を追っていくこともある。

その本が紙の書物の場合、その本を手で持っていることも、本を読むことの大きな要素になる。

重い本は、長い時間読み続けることはできない。ページをめくる際は、紙の質も、気になる。インクのにおいも、時にきになる。

本を読むことで、そもそも、その言語についての知識を得る。本を通じて、新しい事実、物の見方をしることもある。自分の考えを、あらためて見直すこともある。

私にとって、本を読むということは、そんなことであるのだろう。

What is the meaning of reading books for me?

I got new ideas, facts from reading. But I feel some by the texture of papers, smell of ink and weight of books.

They are the meaning of reading for me.